BORN TO RUN
(明日なき暴走)

Bruce Springsteen

Born To Run

Thunder Road
Tenth Avenue Freeze-Out
Night
Backstreets
Born To Run
She's The One
Meeting Across The River
Jungleland


1975年
CBS Records
Photo by Eric Meola
Designed by John Berg/Andy Engel

ブルース・スプリングスティーンは僕にとっては微妙なリアルタイム体験のアーティストである。僕が音楽を聴き始めた頃は「ザ・リバー」がリリースされた頃で、彼は最初の絶頂期を迎えていた。「明日なき暴走」はウォークマン(あぁ、当時はカセットだったのだ)で聞くのが何だか一番しっくりくる気がしていた。
サクセス・ストーリーを実現しつつあった時期、スタジオで好きなサウンドを作り、ライヴハウスではE・ストリート・バンドと共にエネルギッシュな演奏を繰り広げていたこの頃が、彼にとっても一番良い時期だったのかもしれない。

80年代に入ると名声はますます高まり、大型スタジアムを観客が埋め尽くす、あの「ボーン・イン・ザ・USA」の時代がやってくる。あのほとんどひとつのメロディがイントロから終わりまで延々と繰り返される曲は、様々な場所で流され、「アメリカ賛歌」という少しピントのずれたイメージを否応なしに広めていった。眉間に皺を寄せて叫ぶスプリングスティーンは、実は精神分析医のカウンセリングを受けていたと言われる。 そしてE・ストリート・バンドは解散、スプリングスティーンは依然陽のあたる場所には居続けるが、少しずつ年老いていく。 90年代後半に彼らはまた戻ってきて、大きなツアーをいくつも敢行している。しかし...。

骨太の声と骨太の歌詞でとにかくタフなイメージが先立つスプリングスティーンだが、このアルバムではフィル・スペクターのウォール・オヴ・サウンドを意識していた部分があったらしい。ブートレグで出た"Born to run"(今更この曲を「明日なき暴走」と呼んでる人もあまりいないだろうから)のスタジオ録音アウトテイクスでは、ストリングスが強調されたテイクを聞くことが出来る。上手いというよりは、「親密な」気持ちを抱かせるバンドの演奏と、バーボンの匂いのするキスの様な荒っぽい切なさがこのアルバムの身上と言えるだろう。


"ほんの少しだけ信じてくれ。夜には魔法があるんだ。
 お前は美人じゃない、でも素敵だ。俺には充分過ぎる。
 (中略)
 さぁ、俺の手を取ってくれ。今夜約束の地を目指して走り出そう。
 (中略)
 お前が追い払った男達の亡霊が、焼け焦げたシヴォレーに乗ってこの薄汚れた海岸通りを彷徨う。奴らは通りでお前の名前を呼ぶ。
 (中略)
 夜明け前の冷気の中、奴らのエンジンの音が響き渡る。しかしお前が玄関のポーチにたどり着くと、それは風と共に消え去ってしまう。
 この街は負け犬で溢れている。だから乗れよ、メアリー。俺達は勝つためにここから走り出すんだ。”
   (Thunder Road/written by Bruce Springsteen/高崎勇輝訳)

このアルバムは「夜」がテーマになっている。あぶれ者達は夜の闇のなかをうろつき、愛を探し求める。そしていつかこの陽のあたらない場所を抜け出して、太陽の輝く約束の地に辿りつく夢を見る。

”ハイウェイは最後のチャンスに敗れた男達の暴走の残骸で溢れる。 誰もが今夜走りに出る、隠れるところなんてないさ。
 ウェンディ、俺達は哀しみと共に生きていくけど、俺はこの魂の全てで、お前を愛する。
 そしていつの日か、それがいつになるかはわからないけど、俺達が本当に求める場所に辿りつけたら、太陽の下、二人で歩こう。
 でもその時までは、俺達あぶれ者は走り続けるのだ。 さあ、ウェンディ、俺達あぶれ者は走るために生まれてきたんだ。"
   (Born to Run/written by Bruce Springsteen/高崎勇輝訳)

僕らの多くは、彼の詞に歌われている世界を生きている訳ではない。それは多くのアメリカ人についても言えるだろう。それなのに彼の歌がこれ程広く支持されているのは、それが僕らの内面にある、「飢え」の感覚を刺激するからだと思う。そう、誰もが「ここではない何処か」へ辿りつく夢を見ているのだ。それは甘美な夢ではなく、磨り減らされていく毎日の中での祈りにも似た夢なのだ。

 

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